ワークショップレポート③【スキンシップ】



手を繋ぐ家族

少し前は、冬のような寒さでしたが、今は秋の気候が続いています。

これから、紅葉が楽しみですね。


ワークショップレポート第3弾です。


9月中旬のワークショップの前から、私の中でムクムクと蘇ってきていた思い出と感情があり、それがワークショップ内でも出てきました。


それは、「幼いころのスキンシップ問題」です。

記憶がよみがえってきたのは、4歳くらいの私が、「お母さん、なんで今日は手をつないでくれるの?」と喜んで聞いていたこと。

母から手を繋いでくれたことが、すごく嬉しかった時の言葉です。


何だか、その自分の様子を思い出すと、とても切ない気持ちになってしまい、悲しい気持ちになります。

いわゆる、インナーチャイルドの声ですね。


手を繋いでもらったり、抱っこしてもらったり、という子どもにとって必要なスキンシップ。

幼いと、記憶に残らないものだと思いますが、もちろん私にも適度にはあったと思うんですね。


でも、この湧いてきた気持ちを考えてみると、わたし的には、お母さんにもっと手を繋いでもらいたかった。

でも、普段叶わない事の方が多かったようです。

手を繋いでもらえるのが当たり前だったら、このような疑問もないはずですね。


母はなぜ、手を繋いでくれなかったのか?


母の、その時の都合もあったでしょう。

4歳くらいだったら、その前にイヤイヤ期があって、その時期は私の方から「手を繋ぐの嫌!」と駄々をこねていたのかもしれず、その端境期で母としても、どちらにしていいのか分からなかったのかもしれない。


などと、色々考えられる要素はあるのですが、どちらにしても、子どもとしては手を繋いでくれなかった思い出として、知らない間に傷になっているんですね。

本当に、子育てって難しいものです。

昨日と違う感覚の子供に、的確に対応をしていかないといけないのです。


また、単純に母は手を繋ぐことが嫌だったのかもしれません。


こういったことが原因の一つとして、大人になっても、積極的にスキンシップを求められない人になったりします。

また、人によっては、得られたスキンシップにすがりついてしまい、極端に依存的になってしまったり。

どちらも、求めていって拒否される恐怖を知っているからです。


私の場合は前者の方で、昔、恋愛をしていても「手を繋ぐこと」にすごく抵抗感がありました。

思い切って手を繋ぎに行って、振り払われたりした時、「もう二度と、手を繋ぎに行かんとこう」と心に誓ったものでした。



【スキンシップが足りない人は】

子どもは、四六時中、親と引っ付いていたい生き物です。

赤ちゃんの頃から、満足するまでスキンシップを感じられているからこそ、一人で学校に行くこともできる。

離れていても、心で親の温かさを感じられていることができるからですね。


では、スキンシップ不足の人が大人になった時、四六時中、誰かと一緒にいとかないと、この不足分が埋められないのかというと、そうではありません。

スキンシップは「量より質」なのだそうです。

大事に思ってるよ、という交流が得られていくと、量は少なくても安定してくるんです。


スキンシップでの問題を抱え、依存的な恋愛をしている人は、いつも彼氏(彼女)と一緒にいないと、不安になってしまう傾向が。


それは、自分のスキンシップ不足を自覚出来ていないから。

自覚出来ていないことは、(求めている気持ちが)コントロールできず、色々な形で暴走してしまいます。


自分が寂しい思いがあることを理解できると、依存的にならず、大人として適切に求められるようになることが可能です。

まずは自分にも、そんな気持ちがあること、から気づいてみませんか?



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